メデジン

指を使った数字の数え方 昔はBoteroという丸っこい作品が特徴的な彫刻家 レゲトンの聖地 contigo karolg El amor que perdido J Balvin luna グアタペ 巨大な一枚岩 人種差別が多い。すぐにつり目ポーズをしてくる 人はやさしい。バスターミナルで浮浪者の荷物を拾ってあげる。 街の東の山を越えた場所に空港がある。以前は空港まで山道を45分程度くねくね進む必要があった。202年にオリエンテ・トンネルが完成して20分ほどで空港と市街地が結ばれている。

2026年8月3日

サンパウロのおすすめスポット

最後の土日はセントロの観光とCeagesp(メルカド)の観光をした。おすすめスポット。サンパウロ美術館、ブラジル芸術美術館、パウリスタ通り、アウグスタ通り、イビラプエラ公園、セントロ地区、音と映像の美術館。Itau Cultural。Japan House。サンパウロ文化センター。リベルダージ。日本移民資料館。JOJOラーメン。など多数。 セントロ地区 カテドラル・メトロポリターナ パドリ・アンシエタ博物館 リベルダージ地区 日本移民資料館 読める!読めるぞ! ![x.com] ( https://x.com/september_puni/status/1341175836649480192 ) サンパウロ文化センター Praça das Artes 劇場・水泳のプール・図書館など リベルダージの古本屋 Livraria Sebo Liberdade|リベルダージ古書店 Copan

2026年7月8日

ブラジル日系人のこころのなか

ブラジリア 赤茶けた大地にそびえる人造首都ブラジリア。 人類が滅亡したかと思えるほど人が少ない。(土日のためか) 街はひとつひとつが大きく、ブラジルというよりオーストラリアのイメージに近い。オーストラリアには行ったことないけど。Googleマップで近くに見えても想像より遠い。一区画5分くらい歩く。 次の土日はブラジリアに行った。オスカー・ニーマイヤーによる宇宙から飛来したみたいな力強い建築美を見た。半世紀前の作品とは思えない。

2026年7月7日

ブラジル日系人のこころのなか

日系ブラジル人のマインド まず、日本の遺伝子が比較的強いのと南米・欧米とは大きく離れているため、移民から世代を経ていても一目でそれとわかる見た目をしていることが多い。顔立ちだけでなく、体型まで中肉中背で笑ってしまうほどだ。太っていても限界があるのかでかくなりすぎていない。 次に日系人の我々への目線に触れる。日系人は外見こそアジア系であるが、中身はブラジルの人である。サンパウロの人たちは外見による差別や判断はほとんどしないため、我々は彼らからみて立派な「ガイジン」である。つまりこちらが親近感を覚えるほどには、仲間意識を我々に対して感じていないようである。あと日本の地理にもそこまで詳しくなくて、千葉出身というと、チバ犬っているよね?とってもcuteらしいじゃん。ああそれはシバイヌでチバとは関係ないですよ。Oh~!!というやりとりは何度かした。例えていうならば、日系人と日本人の関係はひいおじいちゃん同士が海軍時代に同じ船に乗っていたらしいよ、くらいの重要度と思う。親近感の抱きすぎには注意が必要だということだ。 日本との時差が12時間であること、季節も日本とは反対であること、など地球の裏側にいることを片時も忘れることはなかった。しかし日系人が多いので(サンパウロにいる限りは)差別を受けることはなく道行く日系人たちの顔立ちから得も言われぬ安心感だけ得られる。ただし日系人たちはルーツが日本にあるだけで彼らは立派なブラジル人である。過度の親近感を抱くのは禁物である。差別がない代わりに区別もないため、見るからにポルトガル語を理解していないのに見境なく喋りつづけるなど一か月の滞在の宙ぶらりんの者からすると現地人と同様に扱われるというのは温かくも厳しい対応に感じられた。 ブラジル人のマインド ポルトガル語で鬼のように話しかけてくる。こちらが言葉を解していないことがわかっても英語に切り替えるなどは稀で、ポルトガル語のまま伝わるように頑張ってくれる。差別がない代わりに区別もなくポルトガル語で話す。 英語が第一言語で、完全に地域のコミュニティ言語になっている(アメリカなど)、しかも切り替えてあげるなどの配慮なし。というのは想像がつくが、ポルトガル語という日本では全くなじみのない言語が共同体の共通言語になっていて、他の言語に切り替えてあげるような配慮さえないのは他の言語ではありえない話ではないか。

2026年7月7日
イースター島のモアイ像

イースター島

秘境好きなら必訪の孤島イースター島 モアイ像が島中にそこかしこに横たわっている不思議な島。イースター島はXXXの呼び方で、現地人はラパ・ヌイ(XXという意味)と呼ぶ。 一つのモアイ像を見て大きな感動に心が動かされるというよりは、Googleマップで絶海の孤島に来たことを確認したときや、有名なモアイ像を目にしてじわじわと噛みしめるようにイースター島に来たことを実感する。 おすすめ度: ★★★★★ 費用総額: 航空券ホテルツアー国立公園入場料食費 難易度: ★★★★★(訪問難易度が高い!) お勧めする人:秘境好き。一生に一度の体験を求める人にはおすすめ!パンチの強い一撃の刺激を求める人には向かないかも。。 基本情報 アクセス チリ・サンティアゴから飛行機(航空会社?)で片道6時間。 東京からサンティアゴまでのアクセスは タヒチ経由のルートもごくマイナーながら存在する。 National Geographicの世界一周プランでも寄港地になっているから自分で手配するのは面倒だけどイースター島には行きたい!という人は検討する価値があるかも。 現地での移動手段 レンタカーかタクシー。タクシーは観光地価格でかなり足元を見てくる印象。島の反対側まで朝日を見に行くときの片道40分程度のタクシーで70USD。 タラップ降機。南米だ。 日本語の地図がある。 ホテル・タハタイ作の詳細マップ。お世話になった。 オランダ人ゲイのジョエルにおごってもらったバーガー 曇り。岩礁ばかり。 村の近くにも普通にいる。 魚の石像。なんだろう。 一体だけ。孤独。 世界の主要都市との距離が書かれた標識。島内のあちこちに同様の柱が立っている。 溶岩だらけの海岸。火山島なので。 TSUNAMIは世界共通語 案内板だけあってモアイはいない。 復元住居。これに住んでたのか。 イースター島の犬は攻撃力高め。追いかけてくることもある。 曇りでも絵になる。 アフ・タハイ。何度見ても飽きない。 馬が普通に歩いてる。観光地でも関係なし。 帆船一隻。最寄りの大陸まで3700km。 チリの首都でさえ3700km離れている。他の世界主要都市は軒並み10000km超え。

2026年3月2日
モネダ宮殿

サンティアゴ2

サンティアゴの中央市場 タマルTamalというトウモロコシの粉をこねた生地に具材を詰めて葉っぱで包んで蒸した南米の伝統料理。まじでおいしくなかった。 アルマス広場に面した国立歴史博物館 サンティアゴ大聖堂の内部。天井の装飾がびっしりで首が痛くなる。 司法宮殿。列柱がやたら多い。 ビル一面にアンデスの壁画。でかい。 モネダ宮殿に向かう途中の広場。遠くにアンデスを描いた壁画ビルも見える モネダ宮殿 逆光で何の銅像かよくわからないが、それはそれで格好いい。 警官がのんびりしていると安心感が高まる。警察犬もだらけ切っている。 金融街のあたり。ヨーロッパっぽい建物が並ぶ。 マリスコス(魚介煮込み)。貝がごろごろ入っていてよかった。 魚介ご飯。悪くなかった。 サンタ・ルシアの丘から。晴れていればアンデスまで見えるらしいが、霞んでいた。 プレコロンビア芸術博物館 中南米の地図 王朝の系譜図 プレコロンビア芸術博物館の土器。形がだいぶ個性的。 マヤ文明の石碑(ステラ)。浮き彫りが細かすぎて何が描かれているのかよくわからない。 頭上に石を乗せた石像。何をしているのかは不明。 顔にペイントを施した土偶。2000年以上前のものなのに色が残っている。 夢に出てきそう マプーチェ族の木彫り神像がびっしり並んでいる。夜に一人では来たくない。 剣状突起がやけに生々しい。 インカ時代は文字がないため紐の結び目で記録していたのは有名な話 繁華街の広場のオブジェ。何をかたどっているのかよくわからないが、存在感はある。 チリ式ピザ。ソーセージが多すぎる。 夜のサンティアゴでアジア料理屋「FUKAI」を発見。南米でこれは少し懐かしい。

2026年2月28日
チリの展望台からの景色

サンティアゴ1

プエルトナタレスからサンティアゴへ。パタゴニアの大地ともお別れ 時刻 場所 便名 料金 :→: プエルトナタレス()→サンティアゴ() SKY() ¥ SKY Airline。格安だが乗れる。 離陸直後から絶景。パタゴニアは最後まで見せてくる。 アンデス。雲の合間に少し見える。 センターピボットとかいう社会の教科書でしか見たことないやつ パタゴニアが終わると茶色い山しかない。 各地ラーメンのメニュー表。こだわりだけはある。 ラーメン。海外のラーメンランキングなら本当に中間。 店名 電線が入り組んでいる。南米らしい。 展望台からの夕景。真ん中の丘はサン・クリストバル。 どこまでも広がる夜景。人口700万人はだてじゃない。 スカイ・コスタネラ。南米一高いビルらしい。 パステル・デ・チョクロ。とうもろこしのグラタン。悪くない。 グラフィティ。海外で見かけると撮ってしまう。 日程 ホテル 料金 3/12-3/14 ¥ サンティアゴの中央市場 タマルTamalというトウモロコシの粉をこねた生地に具材を詰めて葉っぱで包んで蒸した南米の伝統料理。まじでおいしくなかった。 アルマス広場に面した国立歴史博物館 サンティアゴ大聖堂の内部。天井の装飾がびっしりで首が痛くなる。 司法宮殿。列柱がやたら多い。 ビル一面にアンデスの壁画。でかい。 モネダ宮殿に向かう途中の広場。遠くにアンデスを描いた壁画ビルも見える モネダ宮殿 逆光で何の銅像かよくわからないが、それはそれで格好いい。 警官がのんびりしていると安心感が高まる。警察犬もだらけ切っている。 金融街のあたり。ヨーロッパっぽい建物が並ぶ。 マリスコス(魚介煮込み)。貝がごろごろ入っていてよかった。 魚介ご飯。悪くなかった。 サンタ・ルシアの丘から。晴れていればアンデスまで見えるらしいが、霞んでいた。 プレコロンビア芸術博物館 中南米の地図 王朝の系譜図 プレコロンビア芸術博物館の土器。形がだいぶ個性的。 マヤ文明の石碑(ステラ)。浮き彫りが細かすぎて何が描かれているのかよくわからない。 頭上に石を乗せた石像。何をしているのかは不明。 顔にペイントを施した土偶。2000年以上前のものなのに色が残っている。 夢に出てきそう マプーチェ族の木彫り神像がびっしり並んでいる。夜に一人では来たくない。 剣状突起がやけに生々しい。 インカ時代は文字がないため紐の結び目で記録していたのは有名な話 繁華街の広場のオブジェ。何をかたどっているのかよくわからないが、存在感はある。 チリ式ピザ。ソーセージが多すぎる。 夜のサンティアゴでアジア料理屋「FUKAI」を発見。南米でこれは少し懐かしい。

2026年2月5日
チリ・プエルトナタレスのパイネ国立公園

パイネ国立公園

夏でも大砲のようなヒーターを焚いていた。 入園早々グアナコの大群。奥がパイネ連峰。 フェンスの真横で草を食んでいる。人間を完全に無視している。 湖越しに雪山。晴れているうちが勝負。 自撮りしたら影が映り込んだ。 ミルキーブルーの湖と岩峰。確かにすごい。 湖の色が明らかにおかしい。加工なし。 サルト・グランデ(大滝)。滝の背後に岩峰まで見える欲張りな構図。 移動中に曇ってきた。パタゴニアはこれがデフォルトらしい。 岩峰の前に湖が二枚重なる定番スポット。 気持ちはわかる。自分も同じことをした。 ツアーバスがどんどん来る。混んでいても景色は変わらないのでよし。 またグアナコ。今日何頭目かもうわからない。 サルト・チコ(小滝)の上から。この色はやはり普通じゃない。 デッキから滝壺を見下ろす。水しぶきがびっしりかかってくる。 展望デッキは混んでいた。人気スポットなので仕方ない。 昼食スポットの湖畔にアヒルの親子。こういうのは素直にかわいい。 午後から風が強まってきた。遊覧船も揺れていそう。 ラゴ・ペオエ。曇っていても湖の青さは健在。 ラゴ・ペオエとロス・クエルノス。見飽きるほど撮ったがどれもいい写真になる。 カフェテリアの軽食。グアバジュースを選んだのはブラジルを懐かしむため。 氷河のかけら 砂浜に打ち上げられた氷河のかけら。近づくと妙な青さがある。 帰りに寄ったミロドン洞窟。先史時代の巨大ナマケモノが棲んでいたらしい。スケールが大きい。 一日歩いた後の魚介シチューと赤ワイン。何でもうまく感じる。 部屋に薪ストーブ。寒いパタゴニアの夜にこれは助かる。 翌日 プエルトナタレスの市立博物館。無料で公民館くらいの大きさなので期待していなかったが、丁寧な解説で満足な内容だった。 当時のタイプライター 当時の電卓

2026年1月30日
アルゼンチン・パタゴニアのエルカラファテの山々

チリへ

見慣れない野鳥。XXXというらしい プエルトナタレス行のバス。このバスで国境を越える。この旅行で2度目の陸路国境越え。 陸路国境越えするときは日の高い時間帯で移動するようにした。 時刻 場所 便名 料金 08:30→14:30 エルカラファテ→プエルトナタレス Bus-Sur ARS28,000(¥5,343) エルカラファテの町を出るとひたすら乾燥した草原が続く。国道40号をひたすら国境近くまで南下する。ここエスペランサEsperanzaで西に折れる。 昨日の晩にエルカラファテで韓国人と食べたピザの残り。 このとき に食べたピザだ。 Bus-Surの車内にはWi-Fiがあってありがたい。 アルゼンチン側の国境に到着 アルゼンチンとチリの国境Paso Río Don Guillermo。建物右にアルゼンチン国旗が見える 何もない 写真では伝わらないが真っすぐ立てないほどの強風が吹いている。 チリ側の国境検問所 アルゼンチンとチリの国境Control Fronterizo Cerro Castillo。意外にも国境から離れている。 事前にオンラインでの申請が必要。あと食品は持ち込みが制限されていた。 チリ入国。国道9号を南下する。 日程 ホテル 料金 3/10-3/12 El Sendero ¥8,576 ホテルのポスター。どういう経緯で手に入れたのだろうか ラーメンとゴジラ。電柱を箸にしてるのがポイント高い。 南極というレストラン。プエルトナタレスはあまりGoogle Mapが発達していない印象。 ...

2026年1月18日
朝日を受けて黄金色に輝くフィッツロイの岩峰群とラグナデロストレス湖

フィッツロイ

フィッツロイは3405mの高さ 530の日の出を拝むためには1:30に宿を出るのが望ましい。4時間かかる。 今回の旅行全体を通しての反省として、時間を問わず移動する行程ならヘッドライトは必須だった。とくにフィッツロイ登山のときは午前1時に起きて登山開始することは日本を出る前から分かっていたのにヘッドライトを現地でレンタルしようとしたのが誤りだった。登山開始前にいくつかの宿泊ロッジでヘッドライトのレンタルが可能か訊いたがどこもそういった準備はなかった。仮にレンタルサービスがエルチャルテンの町中にあったとして店が営業している時間にはエルチャルテンに到着していなかった。 夜明けまえの登山道。日の出に間に合うだろうか 台湾人のDenny、イタリア人のXXXと合流して登山した。 雲に隠れたフィッツロイとLaguna de los Tresラグナデロストレス湖 日の出前から湖畔は登山者だらけ。みんな同じことを考えている 4時間かけて来たのに雲の中。焦らされる フィッツロイに朝日が当たり始める 振り返ると朝焼け 振り返ったら背後の空も燃えていた 眼下にアルヘンティノ湖まで見えた。稜線も空も全部赤い ヘッドライトもなしに深夜1時半から歩いてきた。疲れてないわけがない これがモルゲンロート。正直、言葉にならない 全員黙って同じ方向を向いている 光と影で岩壁の表情がころころ変わる この時間だけは誰もしゃべっていなかった 岩が赤い。こんな色になるのか 雲が動くたびに別の山になる 一応言っておくと、ここは山頂じゃない。登山口から4時間の湖畔 ヘッドライトなしで暗闇を4時間歩いてきた甲斐はあった ショーが終わると登山者がざわざわしはじめた 帰りたくない気持ちはあるが、脚が限界に近い 下山開始。登りより帰りのほうが長い、いつも エルチャルテンがあんなに遠い。よくあそこから歩いてきたな 下山中もフィッツロイがついてくる。しつこい Lago Argentinoアルヘンティノ湖 アルヘンティノ湖。湖も空もでかい 下山後に少し寄り道。座れるだけでありがたい Rio de Las Vueltasブエルタス川 まだ続く登山道。川沿いの緑だけが救い 3月はパタゴニアの秋。ブナが色づいていた 長い。本当に長い下山道 エルチャルテンの町並み やっと町に戻ってきた。合計12時間近く歩いた 骨付きラムのパリーリャ。正直もう肉には飽き始めているが、これは食べた Parrilla Argentina 昨日のBIG ICEトレッキング後、移動の約2時間とホテルで約2時間寝たのみでフィッツロイを拝むための登山を12時間近く完遂して疲労困憊だった。相方と両替をめぐってけんかした。 ...

2026年1月11日